かつて自転車で和束まで走ったことがあった。木津川市の加茂から和束川に沿った府道を抜け、和束町内に入ったころにはもう夕方だった。午前から木津川沿いを走り始めて途中では山道も走り、疲れていた。石寺の茶畑に続く急坂を自転車で登れずに、押して歩いた。
山1つを丸ごと茶畑にしてしまった石寺の風景に衝撃を受けた。まもなく暗くなるので、和束の郷をそれ以上進まずに、細い農道を縫って加茂に戻った。瓶原に降りる坂道を上ってくる小学生が元気にこんにちはと挨拶をしてくれた。
あの美しい秋の日から1年半が経ち、再び自転車で和束に向かっている。あのときは瓶原の一面を黄金の穂が覆っていた。いま圃場には耕されたばかりのふかふかの黒い土が露出している。
交通量の多い府道を避け、小学生と出会った坂道を上って、木津川市奥畑を経て和束を目指した。毎日通う道としてはかなり厳しい坂である。やや元気の出ない日だった。坂を登り切るまでに何度か足をついた。途中で止まって後ろを見ると、加茂の街が小さく見えていた。見渡せる緑の濃さは十分に初夏のものになっていた。
奥畑の山林には藤の花が目立った。 ある株は杉林を半ば侵食しつつあった。南向きの斜面に茶畑が現れ始める。石垣の傍で脚を止めたとき、その上にある生垣が茶樹であることに気付いた。栽培用の木ではないので剪定されず伸び切っている。それでも力強く枝を伸ばしている。茶樹もまた、栽培作物としては強い生命力をもつ種だ。
茶畑と雑木林を縫うような細い道をくぐり抜け、和束町石寺に入った。鷲峰山系を挟んだ裏にある宇治田原とは、茶業風景がまるで異なる。宇治田原には平地の茶畑も多いが、和束では山なりに土地を開き、斜面を活かして茶畑を作っている。山全体が茶畑である石寺などはその代表的なものである。
茶摘みを控えたいま、その異なりは視覚的により判然としていた。多くが傾斜地にある和束の茶畑では、かまぼこ型の茶樹の列にぴったり密着するように寒冷紗を被せている。宇治田原の平地や緩斜面にある畑では、パイプでレールを作ってカーテンのように寒冷紗を掛けていた。
ところどころ、茶畑になった山の上に墓地があるのが見える。ここに眠るのはかつてこの茶園を開いた農家たちだろうか。石寺の集落の端には小さく棚田もある。その傍らには2本の棕櫚が侘しげに生えている。宇治田原ではその理由に迫りきれなかったが、茶郷と棕櫚が分断し得ぬ取り合わせのようにも思えてきた。