製茶工場の前を抜けて白栖の集落に入った。アップダウンを繰り返す道も徐々に下りが優勢になり、和束川の近くへと降りてくる。ここには町の物産交流施設がある。そこで昼食を摂り、少しの買い物もして駐輪場に戻ろうとすると、日本人の女性が自動販売機の場所を聞いてきた。外国人観光客のガイドらしく、彼女が引率する青年らの話す言葉はスペイン語のように聞こえた。日本観光の行き先として和束を選ぶのはよいセンスを感じた。いったい、京都を訪れる観光客のうちどれほどが、宇治抹茶の故郷をこのような場所だと知っているだろうか。
信楽に通ずる府道5号線を和束の集落の最後まで行ってみた。ここは鷲峰山への登り口でもある。府道から北に逸れる登り坂に入ってみたが、車1台半ほどの幅員をもつ急坂が集落内を蛇行し、その厳しさに進むのをやめた。標高の高い南向きの斜面であり、地形の丸みを帯びた茶畑は美しかった。
再び平地に降りて、和束川を渡った。田んぼの水面に、鷲峰山がその姿を映す。三つこぶの山容は握りこぶしのようで、修験道の山らしい無骨さを備えている。
和束に初めて来たときは石寺の茶畑だけを見てすぐに引き返したためか、どこかその風景をモノカルチュラルに感じたところもあった。茶を焙じる香りが山際に建つ製茶工場から放たれてここまで届き、その誤解を解いてゆく。細く曲線的な農道もよく残っている。多くの茶畑は斜面にあり、使える農業機械は限られているだろう。寒冷紗をかけることさえ2人がかりになる。だが和束郷は与えられた地形に調和した方法を保ったうえで、宇治茶の第一の生産地として役目を担ってきた。この和束川南岸にある釜塚の茶畑はかつて山の斜面を手鍬で開いたものだという。何より、きょう走ってきた風景それ自体がこの調和を伝えている。まるで無作為な曲線をもつ農道、山に入り組む農地と雑木林の混成、茶畑を見渡す位置に立つ住宅や墓地──そしてすべてを見守る鷲峰山。その生業的風景を、前に来たときよりもいっそう愛しく感じた。
また日が傾き始めて、加茂へと引き返す。午後になって暑さに慣れ、だいぶ脚が動くようになっていた。茶畑は新芽の色がより黄色みを帯びて、棚田は西日を真っ白に全反射する。その光を浴びて棕櫚の木は相変わらず佇んでいた。