笠置駅から2駅の月ヶ瀬口駅に移動した。この間の線路にすぐ隣接するハイキングコースが整備されていて、そこから列車に向かって手を振る女性ハイカーの集団が見えた。
笠置町を訪れたのも初めてであったが、南山城村にも初めて来た。京都府では伊根町を残してすべての市町村を訪問したことになる。近い道の駅で食事を摂り、月ヶ瀬口の南側の丘陵へと続く坂道を歩き始めた。列車で通り過ぎた大河原駅に向かって旧大和街道を散歩する。
今山、七尾鳥の集落を通り過ぎる。これらの集落には茶畑が広がる。抹茶にするための碾茶の栽培が生産のほとんどを占めているらしく、茶樹はすべて寒冷紗を被り、そこに西日が当たって少し青く見えた。歩き始めてすぐ、電柱の表示を疑問に思った。地区名のところに「開拓」と書いてある。坂の終わりに、道の脇から茶畑が展望され、そこにある日本遺産の案内板がこの謎を解いた。名張川の高山ダムの建設に伴い沈んだ集落への補償として、この茶畑が拓かれたのだという。
歩くことによって疑問が生まれ、歩くことによって疑問が解決する。私はこの純粋な経験をつねに愛しく思う。茶畑を過ぎると人家がなくなり、心細い道になった。時折草むらから気配がして驚くと、それは逃げ隠れるトカゲの立てた音である。林道のような道が続くが、カーブの先に下り坂が伸び、山林が開けて西日が差した。正面に聳える形の良い山は、名前を何というのだろうか。私は山城の国を去るまでに、あと何度このような散歩ができるだろうか。
大河原は宿のあった集落で、家々にも馬繋ぎの跡など宿場町の意匠が残る。大河原駅に到着したころにはかなり日が傾いて、豊富な木津川の水が螺鈿のようにそれを反射した。4月から5月にかけ、宇治田原、和束、そして笠置・南山城村を3回に分けて訪れたのは私にとってひとつながりの旅であった。ただ歩くことが楽しいのは、長年住んだこの国がそれを教えてくれたからなのか。それとも、ほかの地域を歩いてきたからこそ、愛着の芽生えたこの国を再発見しているのか。