山城の国を歩くということ 京都府笠置町・南山城村 #2

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 礫が散らばる路面を囲んでシダが繁茂する登山道は、すれ違う人もおらず心細かった。20分ほど歩けば舗装路に合流し、寺の下まで進むとまた山道が分岐する。この辺りから、道にせり出す大きな花崗岩の塊が現れるようになる。岩肌を凝視すると何らかの模様がある気がする。何か彫られていたのかもしれないが、そうでない気もする。山上に出て、笠置寺に入場した。

 順路を往けば、先ほど見たのとは比べ物にならないほどの巨大な花崗岩塊が開けた空へと林立し、ひとつひとつが切れ落ちて崖を作っていた。その奥には、笠置山の石仏の白眉とされる本尊・弥勒磨崖仏がある。15mの高さを持つ岩盤に彫られた仏の姿は、戦乱で焼け落ちたためにまったく不明瞭だが、青もみじを漉した日射が後光となっていた。

 行場めぐりに入ると、左の岩塊に虚空蔵磨崖仏が彫られている。こっちは彫りの線が明確だ。見上げるほどの一枚岩に磨崖仏を彫ることは作者にとって一世一代の修行だったことであろう。

 行場の道は岩の道で、少し歩きにくい。その途中にまたしても巨大な白い花崗岩がせり出している。胎内くぐりなどいくつかの行場を経て、平等岩の上に立った。見通しがよい。緑深き谷のまんなかに木津川がゆるく湾曲して、伊賀との国境に向けて道が続くのが見える。渡る初夏の風は汗を冷やした。

 笠置山の行場めぐりは観光地化されており、山歩きに慣れていなくても歩ける。しかし、大小の花崗岩塊が大地を突き破って露出する景観は特異なものであり、この奇岩群を活かして厳しい修行をした行者の姿は十分に目に浮かぶ。彼らは過酷な自然に身を置いては超自然的な力を得ようとした。外から見れば目立たない笠置山にもこうして修験の聖地となったのは、峻険な行場を求めて山伏たちが山という山を駆け巡ったからだろうかと思った。

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