翌朝になるとすっかり元気になった。昨日遅く着いたために見て回れなかった郡上八幡の城下町には、伝統的な街並みの間から長良杉の林の青さが覗く。小駄良川の両岸に張り付くように家屋が建つのは異観であった。
その小駄良川が吉田川に合流する河原に降りると、川底の丸石が透けて見えるほどの清浄な水が流れていた。半島状に突き出た洲に立ち、段丘面の街を見上げると、その景観はまた特異である。ここでは、大地に深く下刻して清流を注ぐ河川上流域の風景と、人工的な街並みが互いに分かちがたく共存している。
美濃白鳥行きの列車に乗り、さらに北部へと移動する。長良川の上流部は思っていたよりも谷底平野が広い。昨日の会話にあった郡上大和では牛舎があり、その隙間からは乳牛と酪農家の姿が見えた。車窓の前方、左側には越美国境の1000m級の山々が連なる。
万場駅を過ぎたあたりで、大気に霞んでおぼろげにも白山がその姿を顕しはじめた。高所にはまだ白い雪を残し、長良川が開く地平の果てに肩を広げている。小規模な平地の、のどかな風景が一気に引き締まる。
この車窓で目に付いたのは田畑や民家の傍にあるぽつねんとした墓だった。それは集団の墓地として成立しているのではなく、墓標1基や2基だけの離散的な墓地である。私が住み慣れた関西地方ではあまり見慣れない風景だ。田んぼに囲まれた一区画に集落の墓地を置く、滋賀県の湖東平野の風景と心のなかで対比した。民俗をテーマにした旅だからであるのか、葬送についての疑問を抱いて以後の旅が続いていく。
この列車は美濃白鳥止まりなので、白鳥で1時間程度駅の近くを散策した。真っ直ぐに北に伸びる国道の脇には、地元の企業が設置したと思われる白山表参道の石灯籠がある。これはまだ新しく見えた。一方、長良川の堤防から見える中部縦貫自動車道の高架道は昔話の竜のように山に巻き付き、この地方を囲む山地の険しさを示唆していた。