白山に近づく旅 岐阜県郡上市 #3

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 後続の列車で北濃駅に到着した。第三セクター鉄道としては長大な越美南線の終点を見に来たと思われる人が何人か、葉桜に囲まれたホームに降りた。いまは文化財として保存される転車台を備え、終点らしい風格のある駅だ。駅前には国道を挟んですぐに長良川が流れる。巨礫にぶつかって雪解け水が砕ける。

 300mほど南にある道の駅まで国道の端を歩いた。道の駅の広い芝生に立てば、北濃駅の前からは手前の山に阻まれて見えなかった白山と対峙する。3つの峰を数えた。

 その後、目的にしていた白山文化博物館に入ったのだが、すぐにこの博物館が見た目以上にかなり大きいことに気付いた。帰りの時間を考えると、資料館を後に回したほうがよいだろう。再入場の許可を頂き、先に長滝白山神社を参拝することにした。館内では学者風の人が取材に答えていた。

 きょうもまた蒸し暑いが、その湿度は社を囲む杉林の生命力の裏返しかもしれない。長滝白山神社の境内はそよ風もなく静寂に包まれていた。しかし私はこの神社が、雪に閉じるころ熱気を帯びた賑やかさに包まれるさまを思い描いていた。私がこの場所を知ったのはNHKの旅番組で紹介された長滝の延年の様子を観てのことだ。毎年1月6日に行われるこの祭では、神前での舞の途中に人櫓を組み、社殿の天井に吊り下がった花傘を引き外した瞬間、カラフルな飾りが飛び散って、下の群衆はそれを奪い合う。この飾りには家内安全の御利益がある。

 雪の降りしきる奥美濃の神社に人々が詰めかけ、歓声を上げて花を取りに行く様子は、私の白山文化への興味をより一層強めた。長滝の延年が行われる拝殿は無彩色の檜造で、無骨な木目には厳しい冬への曝露の履歴が染み込んでいるようだった。よく見ると天井には花傘を吊り下げるための穴が空いている。無音の殿堂もまた荘厳であった。

 この神社は美濃禅定道の起点、すなわち美濃国からの白山への入口であり、登拝に臨んで身を清める場であった。神社の拝殿のすぐ隣には明治政府の宗教施策によって分離させられた長瀧寺が並ぶ。長い参道の脇には入山者が護摩を焚いた護摩壇や、坊屋敷の跡があり、多数の行者で賑わったことが想像される。

 白山文化博物館へと戻ってきた。農業神や水分神の信仰から泰澄による修験道場としての開山を経て、体系化された山岳信仰の対象となっていく白山の歴史が展示される。御師と呼ばれる宗教者は、夏には登拝者に宿坊を提供しつつ山を案内し、冬には檀那まわりを行って白山信仰を広めた。ここには御師たちが使用していた檀那帳や護符の実物が展示されている。

 長滝の延年についても、祭りでお供えされる菓子台や花傘のレプリカが展示されている。菓子台には白山三峰を模して白米が盛られ、その周りに串柿や栗、胡桃、餅などが並べられる。花傘には5種類あり、それぞれ紅白の花弁と緑の茎が鮮やかだ。長滝の延年は次のように説明されている。

「静と動の二面性をもつ、先人たちの遺した類のない民俗芸能」

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